日本で初めての銀行はどこ?渋沢栄一が銀行を作った理由に迫る

日本で初めての銀行はどこ?渋沢栄一が銀行を作った理由に迫る

新1000円札 人物が渋沢栄一さんだということを知っている人は多いと思いますが、日本で初めての銀行はどこなのでしょうか。

また、実業家である渋沢栄一さんが銀行を作った理由も気になりますよね。

そこで今回は、日本で初めて作られた銀行はどこなのか、渋沢栄一さんが銀行を作った理由についても迫っていきたいと思います。

目次

日本で初めての銀行はどこ?現在は何行ある?

今や日本国内には数多くの銀行がありますが、日本で創立されたのはどこなのでしょうか。

日本で初めての銀行は第一国立銀行です。第一国立銀行と聞いてもピンと来ない人も多いと思いますが、現在は名前が変わり、みずほ銀行となっています。

みずほ銀行(旧第一国立銀行)が開業したのは、1873年(明治6年)7月20日で、場所は現在で言うと東京都中央日本橋兜町4‐3です。

日本初の銀行ができてから150年以上経過していますが、現在は何行あるのでしょうか。

500以上の金融機関がある

日本国内には、都市銀行、信託銀行、地方銀行、第二地方銀行などといった銀行があり、それらすべてを合わせると、122行あります。

また、信用金庫254行や信用組合143行もあり、銀行の数とこれらすべてを合わせると500行以上あることが判明しました。

このように、500以上ある金融機関は各地域の特徴などに合わせて、発展を続けています。

また、現在は窓口に行かなくても口座開設をできるようになったことも、金融機関の数が増えた要因なのではないでしょうか。

渋沢栄一が銀行を作った理由に迫る

渋沢栄一さんは実業家として活動し、「近代資本主義の父」とも呼ばれている人物です。

それでは、渋沢栄一さんが銀行を作った理由に迫っていきたいと思います。

日本経済のため

渋沢栄一さんが銀行を作った最大の理由は日本経済のためだと言われています。渋沢栄一さんが生きていた時代は幕末から明治時代初期は近代国家への転換が行われている時でした。

しかし、当時の日本には現代のような金融制度などはなく、資金調達などは難しく、経済発展が遅れる可能性もあったとか。

そこで財政基盤を安定させ、様々な分野の多くの人がお金を借りることができるようにと、銀行が作られたそうです。

新たな仕組みを広めるため

新たな仕組みを広めるために、渋沢栄一さんは銀行を作ったのではないかと言われています。

現代では銀行が各企業の業績などを信用した上で融資を行っていますが、当時の日本にはそのような仕組みはありませんでした。

信用という新たな仕組みが広まることで多くの企業が努力するようになり、その結果、大きな発展を遂げるようになります。

渋沢栄一さんは相乗効果を期待して銀行を作り、より多くの人が事業や会社を大きくすることに成功しました。

国を成長させるため

大きな転換期を迎えていた日本を欧米の国のように成長させるためには、銀行のシステムは必要不可欠でした。

渋沢栄一さんは27歳の時にパリ万博に派遣され、近代化された都市を見て、感銘を受けたそうです。その頃から渋沢栄一さんは欧米諸国の経済の仕組みを日本に取り入れようと考えていたとか。

国を成長させるためには資金を集め、借りることができるシステムを構築する必要があり、先進国に近づくためにも銀行を作ったと言われています。

その結果、日本は鉄道やインフラなどの整備をすることができ、大きな発展をすることができました。

まとめ

今回は日本で初めての銀行はどこなのか、渋沢栄一さんが銀行を作った理由などについても解説してきました。

日本で初めての銀行は第一国立銀行というところで、現在はみずほ銀行と呼ばれ、全国各地に支店があります。

渋沢栄一さんが銀行を作った理由は日本経済や国を成長させ、信用という新たな仕組みを作るためだと言われているようですね。

実際に、渋沢栄一さんが欧米諸国の経済の仕組みを取り入れ、銀行を作ったことで日本は経済的にも大きく発展することができました。

この記事を書いた人

今まで勉強してこなかった歴史と経済にハマり、仕事を辞めて世界を放浪中。旅行をしながらその土地の文化と歴史に触れています。キャッシュレスが進む昨今ですが、意外と貨幣にはその国の歴史が詰まっていました。いつ現金がなくなるか分かりませんが、今だからこそ世界のお金のトレビアを紹介します。

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